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ライカでお気楽トンボな一日

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日下部政三さん、さようなら。

寝る前にfacebookを覗いていて、昔むかしの友人(タイ、バンコックでジャーナリストをしている)が亡くなっていたことを知った。ネットで調べると今月5日に癌で亡くなったと書かれていた。
京都の大学を数ヶ月で退学して丹後の味土野で暮らしていた。
今は、大益さんが暮らしているが、その家の囲炉裏端でいろいろな事を語り合った。
僕は写真で世に出るのが夢、彼は、芥川賞をとるというのが口癖だった。
弟と三人で貧乏旅行にも行った。
二人で山仕事のアルバイトもした。
いつも笑ってた。
ある日、「エベレストに登ってくる」と言って丹後を離れた。
お祝いに、僕が高校生の時から使っていたキャノンFTBと20ミリの交換レンズを付けてプレゼントした。
(そのカメラはアフリカを放浪している時に盗まれたと言ってた)
ずいぶん経ってから、エベレスト3国登頂の計画にアシスタントディレクターとして同行すると連絡を貰った。
放映があった時、映らないかなと見ていると、くっさんの手と声が聞こえた。
同行していた医師が高山病で亡くなった時は、彼は傍にいたと後に話していた。
くっさんは、強い精神と屈強な肉体を持っていて死とは無の世界とは無縁の人だった。
今年の5月にfacebookにいる事を知り、友達申請したら返事が返ってきた。
タイ、バンコックを起点にアジア界隈のニュース日本や世界に向けて発信する立派なジャーナリストになっていた。
『丹後で暮らしたことは、いい思い出として残っている」とメールには書かれていた。
いつの日か、会える日が来ると思っていたのに…
囲炉裏端でカップラーメンをすすりながら将来の夢を語り合った。
旅立つ日に、乗っていたヤマハメイト70cc(カブ)をお礼にといってくれたこと。
35年も前の事なのに鮮明に蘇る。
早すぎる死だけど、あなたが立派に生きた事は忘れない。
日下部政三さん、もう一度だけ、もう一度だけでいいから会いたかった。
安らかに。(寂しい)
kusakabe
※くっさんと別れて間もない頃のパスポートの写真。ネットから拝借しました。

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